認知症の根っこ

今日は風が強くて、
スーパーに止めてた自転車がバァーンと倒れた。
すぐそばを自転車押してた男の子のが当たった?と思ったそのお母さんが、
びっくりしてる私の顔をみて
倒れた自転車を立て始めた。
私、もっとびっくりして、
「いや、私やっとくから、子どもと行ってください!!」って言ってもやめない。
「いや、ほんまに行ってください!!」って言ってたら、横にいたお爺さんも、
「そーそー、風で倒れたんやんね。」って言って
お母さんも、ようやく離れてお子さんと、一緒に歩き始めた。
そのお母さんね、抱っこ紐にも赤ちゃんいるし、ベビーカーにも赤ちゃんいたんだよ。
そして、小さな自転車押してる男の子。
すぐ横はビュンビュン車走ってるバス大通り。
こんな時でもちゃんとしなくちゃいけないって、世間が思わせてるんだろうなぁ、とか考えながら、倒れた自転車のカゴから散らばったゴミ?みたいなものを、拾い集めてたら、
その持ち主がやってきて、
「それ、あたしの自転車やで、何してるん?」
と。
「いやいや、風で倒れてたのよ。」と説明して。
持ち主が自転車で去っていくのを見ながら
色々考えさせられた。
カゴの中は汚れた食器に、壊れた洗濯干しの一部に、洗濯バサミ。
なんかわからない色々がたくさん入っていたから、たぶんもう認知症なのかもしれない。

こんなにアスファルトで土を追い出して、
人間にとって都合のよい世界を作ったんだろうに、ほんとにそれで良かったのかな?

私が、さっきの人はおそらく認知症だって
思ったのは、どうしてだと思う?
自転車のカゴに
ゴミが詰まってたからだけじゃないよ…

貴方の周りに、自分の愚かさや悲しみに
目を向けれない人はいますか?
それを隠そうとしたり、人のせいにしたり、
嘘をついたり。
それが、認知症の始まり。
人には良心というものがあって
それは一生どうやっても消せない。
その良心と自分が乖離すると、
人は静かに壊れ始めるのです。
そこに善人であったか、
悪人であったかは残念ながら関係ありません。

明らかにその自転車のカゴから
転げ落ちてきたものだから戻していたのに、
「それ、私のじゃないのに…」って小さな声で
つぶやかれたのです。

それで、この方が認知症なんだってわかりました。
見た目はとても普通でした。

そう、貴方の周りの人も、貴方自身も、
もしかしたら認知症になっていってるかもしれません…

家に戻り、玄関先の蝦夷蛇苺を摘んで
おやつにする。
この子は農薬もなんもしなくても、
虫にも食われないし、腐りもしない。
ドライフルーツのようになるだけ。
香りも味もとても濃厚。
都会にいても、山にいた頃と
たいしてやってることは変わらない。

でも、山の緑が吹き出してくる時の香りや、
木苺が懐かしく思う。

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